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映画『ある男』ラストシーンを考察&解説|城戸の最後のセリフに込められた意味とは?

ある男 考察と解説

芥川賞作家・平野啓一郎の原作小説を、妻夫木聡、安藤サクラ、窪田正孝の共演で映画化した2022年公開の映画、『ある男』。

こちらの記事では

映画『ある男』の

  1. 映画の考察&解説
  2. 似ている作品

について映画ファンの方に答えていただきました。

※映画本編の内容に言及しておりますので、未視聴の方はお気を付けください。

ぜひ『ある男』映画本編と一緒にチェックしてみて下さいね。

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ある男のラストシーンについて考察!城戸の最後のセリフの意味とは?

ラストシーンについて、城戸の最後のセリフにはどんな意味が込められているのかを考察してもらいました!

人生を「上書き」する、という映画全体のテーマを演出

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ラストシーンの夜のバーでは、妻の不倫を知った城戸が現実逃避のあまり、ついに他人の経歴を使って自分語りをしてしまいます。

「この人生はもう手放したくないですねえ」

という城戸の台詞と、既に彼が偽りの経歴を語っているという事実のギャップは、傷ついた城戸の心の闇を不気味に表現しています。
本編最後の城戸の台詞は「僕は…」と名前を名乗る前で終わり、視聴者に続きを考えさせる演出ですが、城戸は「谷口大佑」という偽名を語るのではないでしょうか。

また、ラストシーンではマグリットの絵画『複製禁止』が城戸の後ろ姿と重なる形で映されていますが、冒頭シーンもこの絵で始まり、絵の上に「ある男」とタイトルが出ていることから、この映画の主題を表しているのでしょう。
おそらく、他人の経歴になりすますことで人生を「上書き」する、という映画全体のテーマと、ラストでは城戸自身が「なりすまし」の世界に身を投じたことを表したものだと考えられます。

「偽の経歴語り」をした瞬間、"人権派弁護士"という正統な肩書を持つ城戸が、軽蔑していた戸籍ブローカーである詐欺師の小見浦と同じ側に立ってしまったとも考えられます。

実は城戸自身もアイデンティティの確立に悩む『ある男』であった

女性

物語は、冒頭でバーが登場し、ラストシーンで同じバーに戻ってきます。

おそらくは城戸(妻夫木聡)の"隠れ家"であるようなそこには、一枚の絵があり、二人の男の姿が描かれています。ルネ・マグリットの「不許複製(または”複製禁止”)」という作品です。

一人の男が鏡の前に移っているのに、鏡の中の男は反転しておらず、全く同じ姿で同じ後ろ姿がそこにあったのです。
最初はさらりと登場するその絵でしたが、二人の戸籍交換を行った男たちを追って、城戸が様々な物を見た後に改めて登場すると、この物語をなんと強烈に暗示していたか!と思わされるものになっています。

城戸はそのバーでは本当の自分のことを誰にも語りません。
弁護士という職業も、家族のことも、そして自分が抱え続けているルーツのことも、全て封印して過ごしていました。
ラストにそのバーで城戸が語っていたのは自分が追い続けた谷口大祐の人生です。
相手は行きずりの男で、実生活では関わることがない相手です。そこで静かに吐き出すようにしてまるで自分の人生のように谷口のことを語るのです。

思い出されるのは冒頭のバーのシーンに登場するマグリットの絵です。
後ろ姿の二人の男の背中が描かれている絵の前に、そっくり同じ黒い服に黒い髪の城戸が立ち、その絵を見ているのですが、作品の中に描かれた二人の男は戸籍を売り買いした本物(仲野太賀)と偽物(窪田正孝)の谷口大祐であり、いびつに複製された二人の『ある男』に加え、実は城戸自身もアイデンティティの確立に悩む『ある男』であった、という意味深な物語の象徴であったように考えられます。

 

映画本編後の城戸の人生はどうなる?

映画本編後、妻夫木聡さん演じる城戸はどのような生活・人生を送るかを考察&予想していただきました。

「こうまでしないと生き直せない人がいる」という言葉を、今度は自分自身に言い聞かせて生きていく

女性

映画のラストシーンで偽りの人生経験を語って以降、城戸は自分の実人生から逃避し、他人の経歴を語って生きていく快感に浸ってしまうのではないでしょうか。

不貞を働いた妻や、在日3世という自分のルーツに嫌気が差した結果、2度目の人生を生きてみたい、との誘惑に駆られるのではないかと考察します。

そして、「弁護士・城戸」という経歴の自分を"長期出張"などの形で消し、戸籍ブローカーの小見浦に頼んで戸籍を交換して「純日本人」の経歴を手に入れる。
その上で、別の土地で自分の好みの女性ともう一つの家庭を作ってしまう、という未来も考えられます。

そこに至った城戸はもはや善良な人権派弁護士ではなく、自分を偽ることに何の抵抗もないことが推察されます。

戸籍を変え、過去を偽る人たちに対して「こうまでしないと生き直せない人がいる」と言っていた自分の言葉を、今度は自分自身に言い聞かせて生きていくのではないでしょうか。

一見順風満帆な生活を得ながらも、苦悩を抱えて生きていく

女性

日本で、社会的には成功した若くて容姿にも恵まれた有能な弁護士であり、立派な家柄の美しい妻と結婚して可愛い一人息子も得た、非の打ち所がない人生のように見えていた城戸でしたが、その裏側には自らのアイデンティティの不確かさと、強烈なコンプレックスが秘められていました。

そこに加えて、思いがけず発覚してしまった妻・香織(真木よう子)の裏切り。
何不自由ない生活の中で、彼女は他の男と不倫しており、その証拠がスマホの中に残されていたのです。
城戸が抱えていたルーツの問題を超えて、結婚にまで踏み切ってくれた香織は自分の味方だと思っていた城戸は、それを見て呆然とし、もう誰も信じられないと自棄になってもおかしくないはずです。

しかし、弁護士という職業や、一人息子のことを考えると香織とその不倫相手を糾弾して全てを清算して離婚し、一人息子の親権をとるのも難しく、八方ふさがりの場所に立ち尽くしていたように感じました。

虎視眈々と証拠を集めて香織と不倫相手を追い詰めていくとすると、その過程で酷く傷つくのは城戸の方かもしれません。
しかし、それをせずには自分を守れないことも事実です。

上質な家に暮らし、順風満帆な仕事と収入を得たはずの城戸は、実は自分のたった一つの体のルーツすら不安定なまま、苦悩を抱えて生きていくのだと思われます。

彼もまた、全てを捨てて戸籍を交換してもがくように生きていた谷口大祐たちとなんら変わらないひとりの『ある男』だったのです。

 

『ある男』で印象に残っているシーンは?

映画『ある男』本編で印象に残っているシーンを解説してもらいました。

息子・悠人と、母・里枝が谷口大祐が亡くなった後に存在を恋しがるシーン

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谷口大佑(原誠)の息子・悠人が、母の里枝に対して「父さんが死んで悲しい、というのはもうない。けど、なんか寂しいね。父さんに聞いてもらいたいこと、毎日いっぱいあるの」と言うシーンが印象的でした。

どんなルーツの父親であったとしても、子どもにとっては大切な父親であり、かけがえのない存在。
戸籍やルーツに捉われすぎる必要はなく、父親が息子に愛を注いだ結果、息子が父を大切に思っている、という事実があればそれが全てなのではないでしょうか。
里枝の初婚時の息子であり、大佑(誠)と直接の血の繋がりがない悠人が「父さん」と慕って言うからこそ、さらに胸を打つものがありました。

1人3役を演じ分けた窪田正孝さんの演技が強烈な印象を残した

女性

死刑囚である小林謙吉を演じた時の窪田正孝が強烈な印象を残しました。

映画前半で家族に優しい谷口大佑(原誠)を演じていた時の窪田とはまるで違う狂気じみた雰囲気で、完全に別人となっており、役者魂を感じる一幕でした。

特に、小林が殺人を犯した後、息子の前で連行されるシーンの「目」は、ほんの一瞬でしたが、窪田が「原田誠」「谷口大佑」の2つの人生、さらに死刑囚の「小林謙吉」と1人3役を見事に演じ分けていることを、視聴者にはっきりと印象づけている一瞬でした。

妻・香織の不倫が発覚したシーンの城戸の表情が心に刺さった

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妻・香織の不倫が発覚してしまったシーンです。

息子がいじっていた香織のスマホから不倫相手の男とのやり取りが見えたときに、すーっと何かが冷めていくかのように城戸の表情が変わりました。

日本人ではなかった城戸自身のルーツを乗り越えて結婚までしたはずの香織は、愛していたから城戸を選んだはずだと、彼は信じていたのですが、香織はその思いを軽々と飛び越えて城戸を裏切っていたのです。

自分の人生の本質に一番近いところにいたはずの香織の裏切りに、城戸は足元が崩れて落ちていくような思いだったはずです。

社会的弱者で他に選択肢を持てず戸籍を売買していた谷口たちと、自分は何も変わらないのだと言いたげな自暴自棄さが滲むような表情を浮かべていた城戸のやるせなさが心に刺さりました。

 

『ある男』に似た内容・雰囲気があると感じた作品は?

『ある男』に似た内容・雰囲気があると感じた作品と、その理由を教えていただきました。

ドラマ『100万回言えばよかった』

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主人公の悠依(井上真央)は婚約者・直木(佐藤健)と幸せな日々を過ごしていたが、ある時、直木が不慮の死を遂げ、幽霊となって悠依の元に帰ってくる、という物語です。

直木には悠依の知らない過去があり、犯罪に巻き込まれた可能性を探っていく……というサスペンス仕立ての流れが似ていると感じました。

また、直木が親との葛藤を持ち実家から離れている、という点も似た点です。

直木にとっても、大佑(誠)にとっても、実家から離れ過去を隠してたどり着いた女性が、最期にして初めての幸福の場所だった、という点も似ていると思います。

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映画『とんび』

女性

運送業を営んでいるヤス(阿部寛)は、幼くして父親に捨てられるが、美佐子(麻生久美子)と結婚し、幸せな家庭を築きます。

だが、幼い息子のアキラ(北村匠海)が美佐子に連れられ、ヤスの仕事場を見に来た時に、美佐子が不慮の事故(アキラの不注意が原因)で亡くなってしまいます。

父親の愛情を知らないヤスでしたが、不器用ながらも男手一つでアキラを育てます。

大きくなったアキラに、母の死の原因を聞かれても、ヤスはなかなか言い出せません。

片親の事故死への葛藤、遺された親子の心の繋がりを描くという流れが、「ある男」の里枝と悠人の境遇と一部重なると感じました。

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映画『嘘を愛する女』

女性

長年一緒に暮らしていた恋人が、実は身分を偽って生きていた”知らない男”だったと知ったヒロインの姿を描いていた物語です。

過去と現在の身分を偽った男と、それを探っていくという点で『ある男』と類似しています。
ヒロインの由加利を演じているのは長澤まさみさん。その恋人の小出桔平役は高橋一生さんでした。

東日本大震災の混乱の中で運命的に出会った二人はやがて惹かれ合い、共に暮らすようになるのですが、小出は外出先で倒れ、所持していた免許証が偽造されていたものであったと判明したのです。

一番近くにいたはずの恋人が身元を偽って生きていた”知らない男”だったことに衝撃を受けた由加利。
彼女は当事者として小出の過去を探り、彼の正体を突き止めようとして行動を始めたのです。
小出のパソコンに残された書きかけの小説にはとある瀬戸内の街の描写がありました。
衝動的にその街に向かった由加利でしたが、そこには小出の過去が刻まれていたのです。

身分を偽って生きようとする人間の哀しみと、結果的に騙されながらもその男を愛した女性の姿が克明に描かれた作品でしたが、こちらはラストにまだ小さな”希望の光”が見える物語でした。

「ある男」では第三者的な視点から詳らかにされていったその『男』の人生でしたが、本作は当事者のヒロインが自らその『男』の過去を探っていました。

 

まとめ

今作『ある男』は日本映画界屈指のオールスターキャストが揃い、心揺さぶる衝撃のヒューマンミステリーが描かれました。

この年の日本アカデミー賞では最多となる8部門で最優秀賞を獲得し、まさに2022年邦画の顔といった作品です。日本アカデミー賞での安藤サクラさんの、母として、俳優としての苦悩が溢れるスピーチが記憶に残っている方も多いかもしれません。

「アイデンティティとは何か」「自分とは何か」という抽象的な問題を、各登場人物の感情にフォーカスを当てながら、鮮やかにかつ繊細に演出しています。

ラストシーンの意味深なセリフやカットが、主人公・城戸の今後や、絵画と映画のタイトルの関係について思わず深く考えてしまいたくなる、興味深い一作です。

  • この記事を書いた人

齋藤

映画ドラマアニメ全般好きのネタバレオールオッケー女。ネタバレNGな人には最大限配慮。好きな映画のジャンルは歴史・ヒューマンドラマ・アクション。テンアゲ映画が大好きで年150~200本鑑賞。星ひとみさんの占いは下弦の月人間でコジコジが大好き。スラムダンクは水戸くん、鬼滅の刃は縁一推し。

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